QUESTIONNAIRE

復学支援後の親御さん直筆アンケート

小2男子/先生や勉強面でのトラブル

お子さんの学年
小学2年生
お子さんの性別
男性
復学日数
46
不登校原因
先生とのトラブル / 勉強面でのトラブル

苦難を越えて掴んだ、息子の完全再登校

担当サポーター様
先日は、お会いし、お礼が言えて嬉しかったです。
原稿、大変遅くなり申し訳ありません。そして長くなってしまった、何度も推敲したのですが、
この長さに…伝えたい思いが止まりませんでした。適当に使えそうな部分を使って下さい。

改めて、担当サポーター様に出会えてよかったです。この原稿がスダチの役に立ったら嬉しいです。
お身体大切にお過ごし下さい。スダチの益々のご発展を祈念しています。
親御さん名

私には小学校五年生と三年生の息子がいます。不登校になったのは三年生の息子が二年生の時です。
その時の様子や、再登校した経緯などを、いくつかの視点から書かせて頂きたいと思います。

一、教員に恐怖や不安を感じていた経験
息子は、二年生で担任の先生が変わってから行き渋りが始まりました。
完全に不登校になったのは、夏休み明けの始業式の次の日からです。
しかし、一学期の段階から新しい女の先生が怖い・冷たい・叱られている友達がかわいそうだと
毎日のように私に訴えてきました。

忘れ物をしたら叱られるのではないか、
みんなと同じペースで物事を進められない事が不安、失敗が怖い。
それらは全て、担任の先生の怒りにつながるのではないかとビクビクしながら毎日を過ごしていたのだと思います。
分からない事があっても叱られるのではないかと思い聞けない、
しかし、忘れ物をしたり、宿題のやり方が間違っていたら、それはそれで叱られる…どうしよう…

そんな負のループに陥り、八方塞がりの状態だったのだと思います。
それに輪をかけて、割と楽観的な性格の私は、そんな息子の気持ちを理解してあげることは出来ませんでした。
「何とかなる!」「行っちゃえば楽しいから!」などと励ましていましたが、
息子の思いに共感する事はしませんでした。

誰も自分のつらさや、苦しみを理解してくれない…その中で自分の中で渦巻く不安がついに溢れだし、
学校に行けなくなりました。今ではどうしてあげればよかったのかをはっきりと答える事が出来ます。
それはスダチが教えてくれました。

不登校の原因の一つが担任の先生であることは私も分かっていましたが、
息子がこれから生きていく上で、それから守ってしまう事は息子のためにならないのではないかと
思いました。誰かのせいにし、責めることは簡単ですが、それは息子を守ることにはなりません。

先生との関係を何とか乗り越えて欲しいと思いました。
そこで、まず教室に戻す事よりも、先生と話をし、知り、信頼関係を築くことから始めました。

放課後、先生の手の空く時間を聞き、5分でも10分でも先生との時間を取れるようにお願いしました。
私が「やった宿題をせっかくだから先生に見せに行かない?」と言うと、
その言葉を待っていた!と言わんばかりに、「うん、行く!」と言いました。

もちろん担任の先生にも息子が行き渋っている理由を包み隠さず話していたので、
先生も息子との距離を縮めるよう努力して下さっていました。そしてある日、
「教室に行ってみない?」と先生が誘って下さり、思いの外あっさりと「行く!」と言いました。

久しぶりに教室に入ると、それ自体が自信になったのか、表情が明るくなったのを今でも覚えています。
先生とのやりとりを家に帰ってからも思い出すように話をしました。
すると先生に対して「かわいい、おもしろい」といったプラスの発言が出てくるようになりました。

その時にはすかさず「先生って怖そうに見えるけど、生徒のために言ってくれたのかも知れないね。
嫌われる事を覚悟で、みんなを守るために言ってくれていた、いい人なのかも知れないね」
と先生のイメージを変えていくような声かけをしていました。
そのことが再登校を後押ししてくれたのだと思います。

「怖い」という思い込みから、それを溶かしていくようにイメージを変換させていく。
そんな流れで少しずつ不安な心にアプローチしていきました。もともとクラスメイトとは全く問題がなく、
クラスの友達と遊びたいと言っていた程なので、先生の方にアプローチした事はとても有効だったと思います。
今は別の先生になりましたが、その女の先生の事は、今では大好きです。

二、デジタル制限が小学低学年にも有効だと思った経緯
不登校になった息子には、二つ上に兄がいます。どちらかと言えば兄の方がデジタルの依存は強めでした。
デジタルをやめる話をした時も、学校に行けている兄の反発が強く、
弟の方は特に大きなダメージを受けていないという顔つきでした。

この状態で、デジタル制限は有効なのだろうかと私も主人も少し心配でした。
ところが、制限を始めて一日、二日…と過ぎる中で、少しずつ「ゲームをやりたい」と言うようになってきました。
兄から、「どうして自分が制限されるんだ、お前が学校に行かないからだ」と弟を責めるような状態が続きました。
弟にとっては、それが一番つらそうでした。「お兄ちゃんだけゲームをやらせてあげて」と何度も言われましたが、
ルールを変えるつもりはないという姿勢を貫き通しました。

そのうち、家ですることがなく、暇だと言うようになりました。
その時はすかさず「そうだね。家にいてもすることがないのは当たり前だよね〜」と返しました。
それからしばらくすると「暇だから学校に行こうかな」と口にするようになりました。

この言葉を聞いた時、デジタル制限をする事の本当の理由を知ることになりました。
それは、やる事がない状態を続ける事により、現実から目を背けず、自分自身の今の状況について考え出す。という事です。

逃避する手段が一切ないので、常に現実を生きているようでした。
家にいても暇な事、行かない事でどんどん遅れていく現状、
それに伴う焦り、全てを自分の事として自ら考えるようになりました。

それを考え続けた結果「学校に行った方がいいかも知れない」という所に行き着いたのだと思い
ます。デジタルを制限するという事は、ただ単にゲームをやらせない、という意味ではなかったのです。
ゲームがやりたいから学校に行く、という思いは後々生まれてはきますが、それより以前に、
自分の頭で物事を考えるようにシフトしていくというのが本当の理由だと思います。

息子はデジタル依存が強い方ではありません、それでも全く触れられなくなるとお兄ちゃんとゲームがしたい、
という思いが生まれてきます。
最終的には、少しずつ学校に行けるようになり、学校に行けば自分が不安に思っている遅れもなくなっていく。

更にデジタルが出来る日が近づいてくる。そんな二つの大きな柱が、
息子を完全再登校に向かわせてくれたのだと思います。
デジタル制限が無ければ、もっと時間がかかっていたと思いますし、
そもそも今の状況を自分の事として考えられていなかったと思います。兄にもとても良い効果を与えてくれました。

本をたくさん読むようになり「国語が得意な教科になった!」と嬉しそうに話をしてくれました。
始めは、兄まで巻き込んで申し訳ないな…という思いもありましたが、親子の会話も増え、
結果、「デジタルがなかった時も何か楽しかったよねー」(あまりに暇で、夜、家族で散歩しながら、
美味しいものを一つ買うという夜散歩が習慣になっていました)と言ってくれています。

三、どのように母子分離を進めていったのか。
九月末からサポートを受け、十一月中旬には再登校を果たしました。
しかし、そこから三ヶ月間、私が毎日教室の後ろで過ごしました。学校に行けても母子分離がなかなか進まず頭を悩ませました。
母子分離が進まなかった理由として、私が仕事をしていなかった事が挙げられると思います。

子供からすると、母がいつでもついて行ける状況であったからです。
そこで、どうしても学校について行けない状況を作る必要があると考え、
「仕事復帰のために必要な習い事」という名目で、ヨガに通い始めました。

「習いたい事があるんだ。それをするために学校について行ける日が減ってしまうんだ。
でも、どうしてもやってみたいんだ」と息子に相談すると、

少しずつ自信をつけてきた時期でもあったので、「いいよ」と快く言ってくれました。
息子自身も、自分のせいで母を縛っているという感覚が少なからずあったと思うので、
母に好きな事をさせてあげられるという事が、学校へのモチベーションになっているようでした。

その頃から、母と離れるという事を体で覚えていっているようでした。
周囲が何を言っても、自分が決めてそれができた時が本当の意味での自信になっていくという事を改めて感じました。
「(怖いけれど)一歩踏み出す→やってみる→できた」という方程式を何度も体に擦り込んでいく事が、
不安の大きい息子には必要なことでした。初めて一人で登校した日、校内までついていきましたが、
私を振り返ることもせず入っていく姿に涙が溢れた事を今でも覚えています。
誇らしげな背中を一生忘れることはないと思います。

四、スダチのサポート中のアドバイスを、終了後どのように活用しているのか。
私は、サポート中に頂いたアドバイスはもちろん、
サポートが始まってからの息子の様子や反応の変化を毎日ノートに書きつづりました。
四ヶ月の間に書きつづったノートは四冊になりました。

書いている最中は、「いつかこれを懐かしむ日が来ればいいな。いや、絶対そうしてやる!」という思いでした。
今では本当にこのノートは私の宝物です。サポート中に頂いた子供との接し方や話の聞き方などのアドバイスをつい忘れてしまったり、
元の自分に戻っているような気がした時は、ノートを開くようにしています。
サポート中に出来ていた事が、出来なくなっていると思う瞬間がとても怖いです。

苦しかった日々を何度も何度も見返すことで、軸からブレそうになる自分を引き戻しています。
そしてあの頃を思い返すことで、今あるこの状態が当たり前でないと痛感できた時、
感謝の思いや、息子の今の頑張りを改めて褒めてあげる事ができます。
中に書かれた内容は、子育てのいつの段階でも役立つ教えです。

もしかしたら、子供が成人した後も、このノートに助けてもらう事があるかも知れない。
そんな風に思います。スダチから教わった愛情の伝え方や褒め方・接し方は子供の生きる基盤になると思います。
愛された子は、自分で幸せをつかむスキルを持ちます。我が子にもそんな大人になっていって欲しいです。

今でもノートを開くと様々な情景が浮かび涙が溢れます。
でも、あれは、その時になるべくしてなった事で、私や息子の人生には必要な時間だったと思います。
あの経験がなければ、いつか、もっともっと大きなつまずきとなり立ち上がれなかったかも知れない。
そんな風にすら思います。そして、スダチの考え方、「つらい時間は短い方がいい」という考えのもと、
自分では想像すらできなかった方法で、思いもよらない様々な効果が生まれ、
息子は登校することができました。

三年生になり担任の先生が変わった事、父親が単身赴任から戻ってきた事、
この大きな二つの変化で、一学期は無遅刻・無欠席で終える事ができました。
不安になって軽いパニックになる事は今でもありますが、学校を休むという選択はしません。
行きたくない、とも言いません。寄り添う意識を私が持って対応できた時は、必ず不安は収まります。

本当に苦しかった…それは今でも変わらない思いです。でも、あの時、息子と苦しい時間を一緒に過ごし、
一緒に乗り越え、今も歩き続けられている事は、お金では買えない価値があると今でも思っています。
まるで親族のように、私たち家族の事を支えてくださったサポーターさんには、感謝してもしきれません。

担当サポーターから頂いた言葉やアドバイスを胸にこれからも子供達と関わっていきたいと思います。
本当にありがとうございました。
末尾になりますが…この文章が、再登校を目指す親御さんたちの背中を押す優しい風になりますように…。

親御さん氏名

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