
目次
はじめに
こんにちは、スダチの不登校支援サポーターです!
本記事では、実際に不登校を克服したご家庭のインタビューをもとにその過程や親御さんの生の声をご紹介していきます。
▼概要
概要
- 対象:小学3年生の男の子(3人兄弟の真ん中)
- 不登校期間:夏休み明けから約2ヶ月間
- 解決期間:25日間
- 主な症状:頭痛、腹痛、起立性調節障害の疑い、朝起きられない、体調不良の頻繁な訴え、食欲低下、デジタル機器への依存、兄妹への暴力・暴言
今回は、起立性調節障害が原因で不登校になった中小学3年生の男の子が、25日で再登校を実現した実際の体験談をお届けします。
医療的アプローチだけでは解決しなかった不登校が、家族全体での取り組みによって劇的に改善した実例を通じて、同じ悩みを抱える方々に希望をお届けできればと思います。
不登校になった経緯と初期症状

夏休み明けから始まった登校渋り
小学3年生の夏休みが終わり、2学期が始まろうとしていた8月下旬、それまで何の問題もなく学校に通っていたお子さんに異変が起きました。
「朝起きられない」「頭が痛い」「お腹が痛い」という体調不良の訴えが、毎朝のように始まったのです。
最初は夏休みの不規則な生活リズムが原因かと思い、「もう少し様子を見よう」と考えていた親御さんでしたが、症状は日を追うごとに悪化していきました。
文部科学省の「令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によると、小学校における不登校児童数は105,112人と過去最多を更新し、前年度から29.0%も増加しています。
特に小学3年生は、学習内容が急に難しくなる時期でもあり、不登校のきっかけとなりやすい学年とされており、この家族もまさにこの増加する不登校児童の渦中に巻き込まれることになったのです。
お母さんは当時の様子をこう振り返ります。
「朝になると必ず体調不良を訴えて、布団から出られない状態が続きました。無理やり起こそうとすると、余計に症状がひどくなるように見えて、どう対応していいか分からなくなっていました。」
心配になった親御さんは、すぐに小児科を受診。
そこで告げられたのは「起立性調節障害の疑い」という診断でした。
起立性調節障害は、自律神経の調節がうまくいかず、立ち上がった時に血圧が下がり、めまいや頭痛などの症状が出る病気です。
日本小児心身医学会によると、小中学生の約5〜10%が何らかの形でこの症状を経験しており、そのうち約70%が不登校を経験しているというデータもあります。
医師からは血圧を高める薬が処方されましたが、期待していたような劇的な改善は見られませんでした。
さらに、学校との連携も試みました。担任の先生とも何度も面談を重ね、保健室登校や短時間登校なども提案されましたが、
お子さんは「遅刻して行くとか午後だけ行くとかは嫌だ。行くなら朝から全部行く」と頑なに拒否。
この完璧主義的な考え方も、不登校を長期化させる要因の一つとなっていました。
家庭内で見られた変化のサイン
不登校が始まってから、お子さんの様子は目に見えて変化していきました。
最も顕著だったのは、食欲の著しい低下でした。お母さんは当時を振り返ってこう語ります。
「夏休み中から本当に食が細くなっていて、ご飯もあんまり食べないで、見た目もやせていきました。
顔色も悪くなり、表情も暗くなっていきました。それまでは元気で活発だった子が、まるで生気を失ったような状態になってしまって、見ているのが本当に辛かったです。」
体重は1ヶ月で3キロも減少し、頬はこけ、目の下にはクマができていました。
家族で食卓を囲んでも、ほとんど箸をつけず、無理に食べさせようとすると「気持ち悪い」と言って席を立ってしまう。
栄養不足から来る体力の低下も心配でしたが、それ以上に精神的な落ち込みが深刻でした。
特に問題だったのが、デジタル機器への異常な依存でした。
学校に行かない時間、お子さんはタブレットやゲーム機に没頭し、特に戦争ゲームなど刺激的で暴力的なコンテンツばかりを選んでプレイしていました。
「ゲームの中では戦争のゲームとかそういうのが好きだったりとか、その殺伐とした世界に身を置いて、常にイライラしている状態でした」とお母さんは振り返ります。
使用時間を制限しようとすると激しく抵抗し、無理やり取り上げると泣き叫んだり、物を投げたりすることもありました。
さらに深刻だったのは、妹たちへの攻撃的な行動でした。
些細なことで手が出るようになり、「死ね」「うざい」「消えろ」といった暴言を日常的に吐くようになりました。
保育園の年中・年長の頃から手が出やすい傾向はありましたが、不登校になってからは頻度も激しさも格段に増加。
最も心配だったのは、「自分が死ぬ」「生きている意味がない」といった自己否定的な発言が増えたことでした。
小学3年生の口から出る言葉とは思えない、深い絶望を感じさせる発言に、親御さんは強い危機感を抱いていました。
部屋に引きこもる時間も増え、家族との会話も極端に減少し、話しかけても生返事ばかりで目を合わせようともしない、まるで心を閉ざしてしまったかのような状態が続いていました。
専門的サポートを受けるまでの葛藤

夫婦間の子育て方針の相違
この家族が抱えていた根本的な問題の一つが、夫婦間での子育てスタイルの大きな違いでした。
お父さんは厳格で過干渉傾向が強く、お子さんの行動を細かくコントロールしようとする一方、お母さんはお子さんの自主性を尊重するあまり、受け身的で言いなりになってしまう傾向がありました。
この正反対のアプローチが、お子さんにとって大きな混乱の原因となっていたのです。
「私と夫の子育てスタイルのベースが全然違っていて、噛み合わないまま何年も経っていました」とお母さんは当時を振り返ります。
例えば、デジタル機器の使用時間について、お母さんは「子どもの意思を尊重したい」と甘く、お父さんは「ルールは絶対」と厳しい。
逆に就寝時間についてはお母さんが厳しく、お父さんが「まあいいじゃないか」と甘いという具合に、ルールが場面によってバラバラで、一貫性が全くありませんでした。
このような状況は、お子さんにとって非常にストレスフルでした。
「お父さんは怖い、お母さんは言いなり」という構図ができあがり、お子さんは状況に応じて親御さんを使い分けるようになっていました。
お父さんがいる時は萎縮して何も言えず、お母さんだけの時は要求がエスカレートする。
このアンバランスな関係性が、お子さんの情緒不安定さを助長していました。
夫婦間での話し合いも、いつも平行線をたどっていました。
お母さんが「もっとお子さんの気持ちを聞いてあげて」と言えば、お父さんは「甘やかしすぎだ」と反論。
お父さんが「もっと厳しくしないと」と言えば、お母さんは「それじゃ子どもが萎縮する」と反発。
この不毛な議論の繰り返しに、親御さんも疲弊していきました。
実は、このような夫婦間の子育て方針の不一致は、多くの家庭で見られる問題です。
厚生労働省の調査によると、子育てに関する夫婦の意見の相違が原因で関係が悪化したと答えた家庭は約40%にも上ります。
特に不登校などの問題が発生すると、その対応方法を巡って意見が対立し、さらに状況を悪化させるケースが多いのです。
「何か意見の相違があったり迷うことがあっても、結局どちらが正しいのか分からないまま、その場その場で対応していました。それがお子さんを余計に混乱させていたんだと思います」とお母さんは反省を込めて語ります。
情報過多による迷走
現代の子育ての大きな課題の一つが、情報の過多による混乱です。
このお母さんも、YouTubeの子育て系チャンネル、育児書、ネット記事、SNSでの情報収集など、あらゆる方法で「正しい子育て」を学ぼうとしていました。
しかし、それが逆に迷いを生む原因となっていたのです。
「色々な子育て系YouTubeとかも見ていて、情報は仕入れているつもりではあったんですけど、その中でもいろいろなスタイルがあって、結局どれが正しいのか分からなくなっていました」とお母さんは振り返ります。
ある専門家は「子どもの意見を最大限尊重すべき」と言い、別の専門家は「親がしっかりリードすべき」と言う。
この相反するアドバイスの中で、何を信じていいのか分からなくなっていました。
特に影響を受けていたのが、近年主流となっている「子どもの自主性を尊重する」という教育方針でした。
子ども家庭庁も「子どもの意見表明権」を重視し、文部科学省も「主体的・対話的で深い学び」を推進しています。
これ自体は素晴らしい理念ですが、それが誤解されて「何でも子どもの言うとおりにする」という極端な対応になってしまうケースが増えているのです。
お母さんはこう続けます。「私は自主性を尊重したいというところから、お子さんの意見を尊重しようとしていたんですけれども、それがやや受け身すぎる、言いなりになってしまっているところに入ってしまっていて。『ダメなものはダメ』と言えない自分がいました。」
さらに、SNSでの情報も混乱を招いていました。
不登校の親のコミュニティでは「無理に学校に行かせなくていい」「お子さんのペースを大切に」という意見が主流でしたが、一方で「早期対応が重要」「長期化すると取り返しがつかない」という意見もあり、どちらを信じるべきか判断がつきませんでした。
カウンセラーからのアドバイスも、時に混乱を招きました。
「無理しないでね」「ゆっくりでいいよ」という優しい言葉は、一見すると親身に聞こえますが、具体的にどう行動すればいいのかが分からず、結局何も変わらないまま時間だけが過ぎていく状況でした。
このような情報の氾濫と混乱の中で、親御さんは「正しい答え」を求めてさまよい続けていました。
しかし、その「正しい答え」は、実は家族それぞれの状況に応じて異なるものであり、画一的な正解など存在しないということに、この時点では気づいていませんでした。
25日間で実現した再登校への道のり

サポート開始から変化が現れるまで(1週目〜2週目)
転機となったのは、お父さんがインターネットで見つけた専門的なサポートプログラムでした。
数多くの不登校支援サービスがある中で、「3週間で再登校」「成功率9割」という具体的な数字に最初は半信半疑でしたが、無料相談での対応が他とは明らかに違っていました。
「これだね」という直感で、夫婦は迷いなくサポートを開始することを決めました。
サポートが始まってまず驚いたのは、サポーターから提示された明確なスケジュールでした。
「このくらいで登校に向けての働きかけをしようか」という具体的な見通しが示され、漠然とした不安が、具体的な目標に変わりました。
お母さんは振り返ります。「最初にスケジュールを提示していただいていて、心の中ではそのつもりでいられたっていうのがまずはありがたかったです。」
最初の2週間で重点的に取り組んだのは、生活習慣の根本的な改善でした。
特に重要だったのが、デジタル機器の使用制限です。
それまで無制限に近い状態だったゲームやタブレットの使用を、平日は30分までという明確なルールに変更しました。
最初は激しい抵抗がありました。「なんで急に!」「友達はもっとやってる!」という反発に、心が折れそうになることもありました。
しかし、サポーターからの「最初の3日間が勝負です。そこを乗り越えれば必ず変化が見えてきます」という言葉を信じて、夫婦で協力して乗り切りました。驚いたことに、4日目からは抵抗が目に見えて減り、1週間後には新しいルールを受け入れるようになっていました。
「お子さんの順応性の高さなのか、デジタルや漫画、おもちゃ類のほとんどを使用しない生活にもすぐに慣れて、物事を深く考えて話してくれるようになりました」とお母さんは変化を実感していました。
並行して、親子のコミュニケーション方法も大きく変えていきました。
それまでの「どうしたい?」「何がいい?」という受け身的な問いかけから、「今日はこうしよう」「これをやってみよう」という親御さんがリードする形に変更。
最初は戸惑いもありましたが、むしろお子さんが安心している様子が見られました。
食事の時間も大切にしました。
デジタル機器を完全に排除し、家族全員で食卓を囲む時間を作りました。
最初は会話も少なく、重い雰囲気でしたが、徐々にお子さんから学校の思い出話や、友達のことを話すようになってきました。
再登校チャレンジの段階的アプローチ(3週目)
サポート開始から約1.5ヶ月が経過した11月下旬、いよいよ再登校に向けた具体的なチャレンジが始まりました。
サポーターからは「スモールステップで進めることが重要」とアドバイスを受けていました。
いきなり学校に行くのではなく、段階的に心と体を慣らしていく作戦です。
第一段階は「ランドセルを背負って玄関まで行く」というものでした。
これだけでも、2ヶ月以上学校から遠ざかっていたお子さんにとっては大きなハードルでした。
初日、ランドセルを背負ったお子さんは、玄関の前で立ち止まり、結局外に出ることはできませんでした。
しかし、サポーターからは「それで十分です。ランドセルを背負えただけでも大きな一歩」と励ましの言葉がありました。
2日目、3日目と同じチャレンジを続けました。そして4日目、予想外のことが起きました。
お母さんは当時の様子をこう語ります。
「ランドセルを背負っているんですけど、裸足のまま玄関から出て、パッと出て帰ってきて『行ったよ』みたいな感じで言っていたんです。」
裸足だったのは「本当は行くつもりがなかった」からだったそうですが、それでも自分から一歩踏み出したことは大きな進歩でした。
その日の夜、お子さんはお母さんに「明日はちゃんと靴を履いて行こうと思ってる」と自分から伝えてきました。
この自発的な宣言に、親御さんは希望の光を見出しました。
翌日、約束通り靴を履いて外に出たお子さんは、家の周りを一周して帰ってきた時の「行けた!」という達成感に満ちた表情が印象的でした。
次の段階は「学校の門まで行って帰る」でした。
朝の登校時間を避けて、誰もいない時間帯を選んで挑戦しました。
学校が見えてくると、お子さんの足取りは重くなりましたが、「門にタッチして帰ってくるだけでいいから」というお母さんの言葉に背中を押され、無事に門まで到達。
この成功体験が、本格的な登校への大きな自信となりました。
この段階的アプローチの中で、お子さんの中に少しずつ変化が生まれていました。
「学校に行けるかもしれない」という気持ちと「でもまだ怖い」という気持ちの間で揺れながらも、確実に前に進んでいる手応えを、家族全員が感じていました。
完全復帰への最終段階(4週目)
12月に入り、いよいよ本格的な再登校の日が近づいてきました。
お子さんが自ら選んだ戦略は、親御さんも予想していなかったものでした。
「朝7時15分に家を出て、誰よりも早く学校に行く」というものです。
学校の門が開くのは7時50分のため35分も前に到着することになりますが、これが彼なりの不安との向き合い方でした。
再登校初日の朝、お子さんは5時半に自分で起きてきました。
朝食もしっかり食べ、準備を整えて玄関に立つ姿は、2ヶ月前とは別人のようでした。
「行ってきます」という言葉には、緊張と決意が込められており、お母さんは涙を堪えながら「行ってらっしゃい」と送り出しました。
学校に着いたお子さんは、まだ誰もいない校門の前で待機していました。
この早朝登校には、実は深い心理的な意味がありました。
お母さんは「早く行くことで、クラスメートを迎える立場になれる。みんなが来る前に教室で心の準備ができる。そして何より『早く行ける俺ってすごい』という自己肯定感が得られたんだと思います。」と分析します。
帰宅したお子さんの第一声は「楽しかった!」でした。
クラスメートも温かく迎えてくれ、まるで昨日まで普通に通っていたかのような雰囲気だったそうです。
「教室にも1番乗りだった」と誇らしげに報告する姿に、親御さんは安堵の涙を流しました。
その後1週間は、同じように早朝登校を続けました。
しかし、2週目からは徐々に出発時間を遅くしていき、通常の登校時間に近づけていき、この移行もスムーズに進み、3週目には他のお子さんたちと同じ時間に登校できるようになりました。
ただし、完全に順調だったわけではありません。
再登校から1ヶ月の間は、週に1回程度は休むこともありました。
しかし、以前のように長期化することはなく、翌日には必ず登校していました。
お母さんは「完璧を求めないことも大切だと学びました。週4日行ければ十分。それが今では毎日行けるようになったんですから。」と言っていました。
冬休みを挟んで迎えた3学期の始業式。
この日だけは「頭が痛い」と言って休みました。
しかし、その日の過ごし方が以前とは違いました。
お風呂に入り、マインドセットの本を久々に読み、自分なりに気持ちを立て直していました。
翌日からは何事もなかったかのように登校を再開し、それ以降は1日も休むことなく学校に通い続けています。
家族全体に起きた劇的な変化

お子さんの変化
再登校から3ヶ月が経過した頃、お子さんの変化は誰の目にも明らかでした。
最も顕著だったのは、体調不良の訴えが完全になくなったことです。
毎朝のように「頭が痛い」「お腹が痛い」と言っていたのが嘘のように、今では自分から起きて、元気に朝食を食べ、笑顔で登校していきます。
起立性調節障害の症状も、薬を飲まなくても全く問題なくなりました。
食欲の回復も劇的でした。
不登校期間中は一日一食がやっとだったお子さんが、今では朝昼晩としっかり三食を完食し、おやつまで要求するようになりました。
体重も元に戻り、顔色も健康的なピンク色を取り戻しました。
「夏休み中とかは本当に食も細くなっていて、見た目もやせていっていたんですけど、今では本当にご飯もたくさん食べるようになって、むしろ不登校になる前よりも元気になりました」とお母さんは嬉しそうに語ります。
デジタル機器との関係も、完全に健全なものに変わりました。
平日30分というルールを自然に守れるようになり、時にはその30分さえ使わない日もあります。
以前のような執着は完全になくなり、ゲームよりも外遊びや読書、家族との会話を楽しむようになりました。
「今日はゲームいいや、本読む」と自分から言うこともあり、その変化に親御さんも驚いています。
学習面での変化も大きなものでした。
不登校期間中は勉強から完全に遠ざかっていましたが、再登校後は自主的に宿題に取り組むようになりました。
「帰ってきたらすぐに宿題をやって、それから遊びに行く」というリズムが自然にできあがり、学習への意欲も以前より高まっています。
特に驚いたのは、小学3年生でマインドセットに関する本を自ら読み、自己改善に取り組む姿勢を見せたことでした。
最も嬉しい変化は、兄妹関係の改善でした。
妹たちへの暴力はほぼなくなり、暴言も激減しました。
「死ね」などの言葉を言いそうになっても、自分で止められるようになり、「今言いそうになったけど、やめられた」と報告してくることもあります。
さらに感動的だったのは、妹たちに「学校は楽しいところだよ」と語る姿でした。
不登校を経験し、そこから立ち直ったお子さんだからこそ、その言葉には重みがありました。
性格面でも大きな成長が見られました。
以前は自己中心的で、自分の要求ばかりを通そうとしていましたが、今では家族のことを考えて行動できるようになりました。
不登校期間中も「自分で昼を用意したり、家族のためにご飯を炊いてくれたり」と、前向きな行動が増えていきました。
親御さんの変化
子どもの変化と同じくらい、あるいはそれ以上に大きかったのが、親御さんの変化でした。
最も重要な変化は、夫婦の子育て方針が完全に統一されたことです。
それまでバラバラだった対応が、専門家のアドバイスを軸に一本化されました。
「サポーターさんに相談しようっていう風になって、相談しようってなったこと自体が、多分子育てについて初めて同じ土俵に立てたなっていう風に私としては思っていて」とお母さんは振り返ります。
意見が分かれた時は「とりあえずサポーターさんに聞いてみよう」というルールができ、第三者の客観的な意見を参考にすることで、感情的な対立を避けられるようになりました。
お父さんの過干渉傾向も大きく改善されました。
以前はお子さんの一挙手一投足を監視し、細かく指示を出していましたが、今では適度な距離感を保ちながら見守ることができるようになりました。
「過干渉すぎる声かけみたいなものも今も別になくなってはいないんですけれども、それはいけないんだっていうのが多分まずは分かったということと、それをやっぱり改善していこうっていう風に思って取り組んでくれている」とお母さんは夫の変化を評価しています。
一方、お母さん自身も大きく変わりました。
受け身的でお子さんの言いなりになっていた態度から、適切にリーダーシップを発揮できるようになったのです。
「ダメなことはダメっていうのをちゃんと示しつつ、もちろん本人に選ばせるところは選んでもらうのが大事ですし、そこは変わらないんですけど、毅然とした態度みたいなところが私もまだまだですけど、少しはできるようになってきて」と、自身の成長を実感しています。
褒める回数も格段に増えました。
以前は問題行動ばかりに目が行き、叱ることが多かったのですが、今では小さな良い行動も見逃さず、積極的に褒めるようになりました。
「今日も学校行けたね」「宿題自分でやれたね」「妹に優しくできたね」という具体的な褒め言葉が、お子さんの自己肯定感を高めていきました。
精神的な余裕も生まれました。
お父さんはアンケートで「精神的に自信とゆとりが出てきました」と回答しています。
以前は常に緊張状態で、いつ爆発するか分からないお子さんに怯えながら生活していましたが、今では家族で笑い合える時間が増え、将来への希望も持てるようになりました。
夫婦関係も子育てを巡る対立がなくなったことで、夫婦の会話も増え、協力して子育てに取り組む姿勢が強まりました。
「夫が見つけてきてくれて、『これだね』っていうことで本当に迷いなくサポートをお願いすることができて」というお母さんの言葉からも、夫への感謝の気持ちが伝わってきます。
毎日のサポートメールを書くことも、親御さんにとって大きな学びとなりました。
「サポート期間中は毎日のメールを書くことが1時間ぐらいかかってしまい大変ではありましたが、やってよかったと思います」とお母さんは振り返ります。
日々の出来事を文章にすることで、客観的に状況を把握でき、問題点や改善点が明確になっていったのです。
再登校を成功させた5つのポイント

1. 早朝登校戦略の効果
7時15分という早朝に家を出る戦略は、単なる時間の問題ではなく、お子さんの心理的な防衛メカニズムでもありました。
まず、誰もいない教室で心の準備ができることです。
2ヶ月以上のブランクがある中で、いきなり大勢のクラスメートの中に入っていくのは、相当な勇気が必要です。
早朝登校により、静かな教室で気持ちを落ち着け、徐々に学校の雰囲気に慣れることができました。
日本学校保健会の調査によると、不登校児童の約70%が「教室に入るのが不安」と回答しており、この不安を軽減する効果的な方法だったといえます。
次に、クラスメートを迎える立場になることの心理的優位性です。
遅れて教室に入るのではなく、先に教室にいてみんなを迎えることで、主導権を握っているような感覚を持てました。
これはお子さんの自尊心を保つ上で重要な要素で、さらに、「早く行ける俺ってすごい」という自己肯定感の獲得も大きな効果でした。
不登校で自信を失っていたお子さんにとって、「誰よりも早く登校できる」という事実は、新たな自信の源となりました。
お母さんも「早く行けてる俺ってすごいみたいなところがあったんじゃないかな」と分析しています。
また、遅刻への不安を完全に排除できたことも重要でした。
不登校になる直前は、遅刻ギリギリで登校していたり、遅刻を気にしながらも焦らない状態だったりしていました。
早朝登校により、この不安から完全に解放され、余裕を持って一日をスタートできるようになりました。
この戦略は、他の不登校児童にも応用可能な方法です。
ただし、重要なのはお子さん自身がこの方法を選んだということです。
親御さんが押し付けるのではなく、お子さんが自分で考え、選択したからこそ、効果を発揮したのです。
2. デジタルデトックスの重要性
デジタル機器の使用制限は、この家族の再生において決定的な役割を果たしました。
平日30分という厳格なルールは、総務省の調査による小学生の平均インターネット利用時間(約3時間40分)と比較すると、極めて厳しい制限でした。
しかし、この思い切った制限こそが、劇的な変化をもたらしたのです。
デジタル機器への依存から脱却することで、まず親子のコミュニケーション時間が大幅に増加しました。
ゲームに没頭していた時間が、家族との会話、読書、外遊びの時間に変わりました。
「デジタルにやっぱり時間を使うことが多くなってしまっているので、そうするとやっぱり親子のコミュニケーションも減る、リアルな喜びみたいなのが減る」というお母さんの言葉が、この変化の重要性を物語っています。
特に問題だった戦争ゲームなどの暴力的コンテンツから離れることで、精神状態も安定。
「ゲームの中では戦争のゲームとかそういうのが好きだったりとか、その殺伐とした世界に身を置いて、イライラしてることも多かったし、本人から暴力が出るみたいなことも結構今よりも多かった」という状況が、デジタルデトックスにより改善。
また、ブルーライトの影響を受けなくなったことで、自然な眠気を感じられるようになり、朝の目覚めも良くなりました。
これは起立性調節障害の改善にも寄与した可能性があり、創造性も高まりました。
与えられた刺激に反応するだけのゲームから離れ、自分で考えて遊ぶ時間が増えたことで、想像力や創造力が育まれ、レゴブロックで複雑な作品を作ったり、絵を描いたり、物語を考えたりする時間が増えていきました。
重要なのは、この制限を段階的にではなく、一気に実施したことです。「最初の3日間が勝負」というサポーターのアドバイス通り、最初は激しい抵抗がありましたが、それを乗り越えることで、新しい生活リズムが確立されました。
3. 夫婦の子育て方針統一
夫婦が同じ方向を向いて子育てをすることの重要性は、いくら強調してもし過ぎることはありません。
この家族の場合、専門家のアドバイスを共通の指針とすることで、長年の対立を解消することができました。
「何か意見の相違があったら、とりあえずサポーターさんに相談する」というシンプルなルールが、夫婦関係を劇的に改善。
それまでは、どちらが正しいかを争う不毛な議論に終始していましたが、第三者の専門的な意見を参考にすることで、感情論ではなく、理論的に問題を解決できるようになりました。
統一された方針により、お子さんへのメッセージも一貫性を持つように。
以前はお父さんとお母さんで言うことが違い、お子さんを混乱させていましたが、今では親御さんが同じメッセージを発信するため、お子さんも安心して従えるようになりました。
例えば、デジタル機器の使用時間について、以前はお母さんが甘く、お父さんが厳しいという状況でしたが、「平日30分」という明確なルールを親御さんが共有することで、お子さんも納得して従うようになりました。
この統一は、お子さんの安心感にもつながり、親御さんの顔色を伺って使い分ける必要がなくなり、素直に自分の気持ちを表現できるようになりました。
「お父さんは怖い、お母さんは言いなり」という構図から、「親御さんは自分のことを思って、同じ方向を向いてくれている」という信頼関係に変わったのです。
夫婦関係も子育てを巡る対立がなくなったことで、夫婦の会話も増え、笑顔も増えました。
この明るい雰囲気が、お子さんの回復をさらに後押ししたのです。
4. マインドセットの変化
小学3年生という年齢でマインドセットの本を読み、自己改善に取り組む姿勢を見せたお子さんの向上心は、驚くべきものでした。
これは単に本を読むだけでなく、その内容を理解し、実践しようとする意欲の表れで、「固定マインドセット」から「成長マインドセット」への転換は、スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック教授が提唱する概念ですが、これを小学生が実践することは稀です。
失敗を恐れず、挑戦を楽しむ姿勢への変化が、再登校への大きな原動力となっていました。
冬休み明けの始業式に休んだ際も、その対処法が以前とは全く違ったのです。
以前なら布団に潜り込んで出てこなかったでしょうが、この時は「風呂に入り、マインドセットの本を久々に読み、本人の中で立て直しをして」翌日には登校しました。
これは、自己調整能力が確実に身についている証拠です。
「遅刻して行くとか午後だけ行くとかは嫌だ、行くなら朝から全部行く」という発言も、完璧主義的に見えますが、実は強い意志の表れでした。
学校に対する認識も大きく変わり、「学校は楽しいところ」と妹たちに語る姿は、不登校を経験し、そこから立ち直ったからこそ説得力があります。
学校の価値を、他人から押し付けられたものではなく、自分で発見し、選択したものとして捉えられるようになったのです。
この内発的動機付けの獲得は、長期的な登校継続の鍵となっています。
外からの圧力や義務感ではなく、自分の意志で学校に行くという選択が、現在の安定した登校につながっています。
5. 段階的アプローチの採用
スモールステップで進める段階的アプローチは、心理学的にも理にかなった方法でした。
行動療法の一種である「系統的脱感作法」に近い手法で、不安を少しずつ克服していく過程は、お子さんにとって無理のない再登校への道筋となりました。
第一段階の「ランドセルを背負って玄関まで」は、一見すると小さな一歩に見えますが、2ヶ月以上学校から離れていたお子さんにとっては大きな挑戦でした。
この小さな成功体験が、次のステップへの自信となり、「裸足で玄関から出る」という予想外の行動も実は重要な意味を持っていました。
「本当は行くつもりがなかった」という本音を残しながらも、一歩踏み出したという事実が、お子さんの中で葛藤を解決する糸口となったのです。
各段階で重要だったのは、決して急がせなかったことです。
「それで十分」「今日は頑張ったね」という肯定的なフィードバックが、お子さんの自己効力感を高めていきました。
失敗しても責めず、小さな進歩を認める姿勢が、安心して挑戦できる環境を作り出しました。
また、本人のペースを尊重しながらも、完全に本人任せにはしなかったバランスも重要でした。
「門にタッチして帰ってくるだけでいいから」という具体的で達成可能な目標設定が、お子さんを前に進ませる原動力となりました。
重要なのは、その子に合ったステップを設定し、焦らず、しかし確実に前進していくことです。
現在の様子と今後の展望

継続的な登校の実現
再登校から数ヶ月が経過した現在、お子さんは安定して学校に通い続けています。
撮影時点の1月末まで、冬休み明けの始業式を除いて、一日も休むことなく登校を継続しており、これは、単に「学校に行っている」というレベルを超えて、「学校生活を楽しんでいる」という質的な変化を伴っています。
最も印象的なのは、お子さんが妹たちに「学校は楽しいところだよ」と語る姿です。
これは親御さんから言われた言葉の受け売りではなく、自身の体験から生まれた実感であり、不登校を経験し、学校の価値を失いかけ、そして再び見出したお子さんだからこそ、この言葉には重みがあります。
妹たちも、兄の言葉を素直に受け止め、学校への期待を膨らませており、学習面での充実も目覚ましいものがあります。
「帰ってきたらすぐに宿題をやって、それから遊びに行く」という理想的なリズムが、自然に確立されているのです。
これは親御さんから強制されたものではなく、お子さん自身が選択した生活スタイルです。
宿題を終わらせることで得られる達成感と、その後の自由時間を楽しむというメリハリのある生活が、学習への意欲を支えています。
友人関係も良好で、2ヶ月のブランクがあったにもかかわらず、クラスメートは温かく迎え入れてくれました。
今では以前と変わらない、むしろ以前よりも深い友情を育んでいます。休み時間には友達と元気に遊び、放課後も約束をして遊ぶなど、健全な社会性を発揮しています。
不登校期間中に落ちていた体力も、毎日の登校と外遊びで元のレベル以上に回復しました。
体育の授業も積極的に参加し、運動会などの行事も楽しみにしているそうです。
以前は少食で残すことが多かった給食も、今では「おかわり」をすることもあるほどです。
これは単に食欲が回復しただけでなく、学校生活全体を楽しめるようになった証拠でもあります。
家族関係の更なる改善
家族全体の関係性は、不登校前よりもむしろ良好になっています。この経験を通じて、家族の絆がより強固なものになったのです。
お子さんと妹たちの関係は劇的に改善しました。暴力や暴言はほぼなくなり、兄としての優しさを見せる場面が増えています。
「妹たちのために」という意識が芽生え、お手本となろうとする姿勢も見られます。
時には喧嘩もしますが、それは健全な兄妹関係の範囲内であり、以前のような一方的な暴力ではありません。
特筆すべきは、お子さんが家族のために自発的に行動するようになったことです。
「自分で昼を用意したり、家族のためにご飯を炊いてくれたり」という行動は、家族の一員としての責任感と貢献意識の表れです。
これは親御さんから言われてやるのではなく、自分から進んでやるようになったもので、精神的な成長を如実に示しています。
デジタル機器を完全に排除し、全員が食卓に向かい合って座ることで、自然と会話が生まれます。
学校であったこと、友達のこと、将来の夢など、様々な話題で盛り上がる時間は、家族にとってかけがえのない時間となっています。
親御さんの精神的余裕も、家族関係の改善に大きく寄与しており、常に緊張状態だった以前と違い、今では笑顔で子どもたちと接することができます。
「精神的に自信とゆとりが出てきました」というお父さんの言葉が、この変化を端的に表していますよね。
週末の家族での外出も増え、不登校期間中は家に閉じこもりがちでしたが、今では公園、買い物、時には小旅行など、家族全員で出かける機会が増えています。
これらの体験が、さらに家族の絆を深めています。
現在も週1〜2回の頻度で継続的なサポートを受けていることも、安定した家族関係の維持に役立っています。
不登校で悩む親御さんへのメッセージ
お母さんの今回の実体験を通じて、同じような状況で悩んでいる親御さんに向けたアドバイスをお聞きしました。
まとめ
25日間の軌跡が示した可能性
小学3年生の男の子が、起立性調節障害の疑いや深刻な身体症状を抱えながら、専門的サポートを受けてわずか25日で再登校を実現した事例をご紹介しました。
この劇的な変化を可能にしたのは、早朝登校戦略、デジタルデトックス、夫婦の方針統一、マインドセット変化、段階的アプローチという5つのポイントです。
「25日での再登校は奇跡ではなく、適切なアプローチの結果」という言葉通り、これは偶然ではなく、家族全体が一丸となって取り組み、専門家の的確なアドバイスに従った結果でしょう。
文部科学省のデータでは不登校児童が年々増加していますが、この事例が示すように、早期の適切な対応により短期間での解決も十分可能なのです。
家族全体の成長と変革
最も印象的だったのは、この経験を「良かった」と捉える家族の前向きな姿勢です。
不登校という試練を通じて、家族の絆はより強くなり、夫婦の協力体制も確立されました。
お子さんは学校の価値を自分で発見し、自らの意志で登校を選択できるようになり、これは単に「元に戻った」のではなく「より良い状態になった」と言えます。
親御さんの変化がお子さんの変化を引き出すという重要な事実も明らかになりました。
夫婦が一貫した対応ができるようになったことで、お子さんに安心感を与え、回復への道筋を作ることができたのです。
また「完璧を求めない」ことの大切さも示され、時には休むことがあっても、それを回復過程の一部として受け入れることで、継続的な登校を実現できています。
希望へのメッセージ
現在不登校で悩んでいる家族に伝えたいのは「必ず道はある」ということです。
適切な支援を受け、家族で協力し、お子さんの力を信じれば、必ず状況は改善します。
お母さんの「そこを目指したいという方であれば、私は迷わずご相談されることをお勧めしたい」という言葉には、経験者だからこその確信が込められています。
不登校は決して恥ずかしいことではありません。
大切なのは、問題から目を背けず、適切な支援を求め、家族で協力して立ち向かうことです。
この家族のように、不登校を「家族が成長するきっかけ」と捉えることができれば、前向きに取り組む力が湧いてきます。
トンネルの先には必ず光があります。
25日での再登校を実現したこの家族のように、あなたの家族にも必ず明るい未来が待っています。
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