
目次
はじめに
こんにちは、スダチの不登校支援サポーターです!
本記事では、実際に不登校を克服したご家庭のインタビューをもとにその過程や親御さんの生の声をご紹介していきます。
▼概要
概要
- 対象:中学2年生(現在)女子、弟1人の2人兄弟
- 不登校期間:小学5年生から登校渋り開始、中学1年生5月から完全不登校(約半年間)
- 解決期間:3日間
- 継続登校期間: 1年5ヶ月間(現在も継続中)
- 主な症状:起立性調節障害(診断あり)、ASD(自閉スペクトラム症・診断あり)昼夜逆転、自傷行為、感覚過敏、学習の遅れ、頭痛、腹痛などの身体症状
今回は、起立性調節障害・ASD診断を受けた中学2年生の女の子が、3日で再登校し、その後1年5ヶ月間、一度も休まず登校を継続している体験談をお届けします。
実際にお子さんの不登校を解決された親御さんへの詳細なインタビューをもとに、具体的に何をどのように実践したのか、なぜ従来の方法では解決しなかったのか、そして現在の様子まで、包み隠さずお伝えします。
同じ悩みを抱える方々に希望をお届けできればと思います。
ASD診断を受けた幼少期から小学校入学まで

このお子さんは、小学校入学前にASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けていました。
お母さんは「診断を受けていると小学校でもある程度見てもらえる」という情報を得て、学校側と相談しながら就学準備を進めました。
入学時、支援学級か通常学級かという選択を迫られました。お母さんは「長い目で見ると、ずっと支援学級にいるんじゃなくて、結局社会に出るんだから通常学級でいいじゃないか」という考えのもと、通常学級を選択しました。
これは多くの親御さんが悩む選択ですが、将来の自立を見据えた決断でした。
学校では「教育相談」という制度があり、定期的に専門家が来校して、授業の様子を観察し、先生と保護者にアドバイスをくれる体制が整っていました。
「授業の様子とお家の様子を揃えて、こうしていった方がいいかな」という具体的な支援を小学1年生から継続的に受けていたといいます。
これは比較的恵まれた環境でしたが、それでも不登校は防げませんでした。
文部科学省のデータによると、通常学級に在籍する発達障害の可能性がある児童生徒は約8.8%とされています
(出典:文部科学省「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」)。
適切な支援体制があっても、様々な要因が重なることで不登校に至るケースは少なくありません。
小学4年生で始まった登校渋り
転機は小学4年生の時に訪れました。
「ものすごく怖い先生」との出会いが、最初の登校渋りのきっかけとなりました。
お子さんは毎日のように「先生が怖い、怖い」と訴え、学校を休みがちになり始め、5年生では多少持ち直したものの、「さみだれ気味」の登校が続いていました。
さらに深刻だったのは、学習面での遅れでした。
お母さんによると「多分1年、丸1年他の子よりも遅れて理解する」という状態で、この学習の遅れが大きなストレスとなっていきました。
特に苦痛だったのは、友達からテストの点数を聞かれることでした。
「聞かれたくない、見られたくない」という気持ちから、次第に学校を避けるようになっていき、6年生の後半になると、「勉強ができない」という理由で完全に学校に行けなくなりました。
お母さんは振り返ります。
「友達がテストの点数を何点だったと聞いてくる。聞かれたくない、見られたくないというところから始まって、学校に行きたくないって言って行かなくなっていった」。
卒業式に出席できるかどうかも危ぶまれる状態でした。この時期、学校側も様々な配慮をしてくれました。
中学入学に備えて、不登校の子どもが通える施設を紹介し、居場所を確保してくれましたが、これらの配慮も根本的な解決にはつながりませんでした。
中学入学後の完全不登校への移行
中学入学後、一時的に希望が見えた時期もありました。
新しい環境への期待もあってか、4月から5月のゴールデンウィーク前までは何とか通えていたのです。
しかし、5月の連休明けから完全に学校に行けなくなりました。
いわゆる「5月病」のような状態でしたが、その背景には「勉強がわからない」「周りが怖い」という深刻な不安がありました。
この時期から昼夜逆転も始まり、お母さんは当時の様子をこう語ります。
「眠れないってずっと言って、夜ずっと起きてしまって。無理やりこっちも電気消したりするんですけど、夜中に何度も『ママ、眠れない、眠れない』って言って起こされて」。
結果として、深夜3時か4時頃まで起きていて、起床は夕方という生活リズムになってしまいました。
VTuberの生配信にも執着するようになり、「どうしても見るんだ」と言って意地を張り、親子で大喧嘩をすることもありました。
深夜11時、12時の配信を見ることが日常となり、ますます昼夜逆転が深刻化していきました。
学校側も様々な対応を試みました。
保健室登校の提案もありましたが、「保健室登校だと見てくれる先生は誰もいない。避難できる教室はあるけど先生がずっといるわけじゃない」という状況で、
お子さんは「それだったら行かない」と拒否しました。
支援学級への転籍も検討しましたが、「1年経たないと入れない」という制度上の問題と、本人が「友達に支援級に行ってると思われるのが恥ずかしい」と強く抵抗したため、実現しませんでした。
不登校中の深刻な症状と二次障害

起立性調節障害の症状と対処
昼夜逆転と朝起きられない症状から、お母さんは起立性調節障害を疑い、病院で検査を受けました。
血圧測定や起立試験により診断が確定しましたが、医師からは「血圧の薬を飲むほどでもない」という軽症の判定でした。
処方されたのはビタミン剤と軽い睡眠薬程度でしたが、お子さん自身は「これだよ」とスマホで症状を見せて、自分が起立性調節障害であることを強く自覚していました。
お母さんは振り返ります。
「本人も『起立性調節障害だから起きれない』って言って、それを理由にしていた部分もあった」。
病名がついたことで、ある意味では安心した反面、それが不登校を正当化する理由にもなってしまったのです。
その後、より専門的な診断を求めて、車で1時間かかる大きな病院の思春期外来も受診しました。
精神科医との面談も行いましたが、「なんとなくカウンセリングを親と子で別々にしてもらうだけで、どうなるということもなく」という状態でした。
医師からは「わからないなら教えてあげればいいじゃないか、学校の方が不親切じゃないか」というアドバイスもありましたが、現実的な解決策にはなりませんでした。
日本小児心身医学会のデータによると、起立性調節障害の子どもの約30〜40%が不登校を経験しており、両者には強い関連があることが示されています。
しかし、今回のケースでは、後に「実は昼夜逆転ですよね、デジタルによる」ことが明らかになりました。
起立性調節障害の診断があっても、生活習慣の改善により劇的に改善する可能性があることを、この事例は示しています。
自傷行為とメンタルヘルスの危機
最も深刻だったのは、小学6年生の後半から始まった自傷行為でした。
お母さんは涙ながらに当時の様子を語ります。
「包丁を持ち出してみたり、手首のところをシャープペンで傷をつけてみたり、壁に頭をゴンゴンゴンゴン打ち付けてみたり」。
これらの行動は、中学生になってからも続き、「収まったかと思うと急に『わー』みたいな感じで」と、予測不可能な形で現れていました。
さらに深刻だったのは、お子さんの発言でした。
「私はダメなんだ」「どうせ勉強できない」「生まれ変わって人生やり直したい」「死ぬ」。
これらの言葉を繰り返し、実際にシャープペンシルでリストカットの真似事をすることもありました。
お母さんは「それがすごく心配で」と、当時の不安な心境を振り返ります。
この状況に対して、スクールカウンセラーにも相談しました。
しかし、返ってきたアドバイスは「無理をさせないようにしましょう」「精神的に追い詰められちゃうと心配だから無理はさせないようにした方がいいかしら」という、具体性に欠けるものでした。
精神科では不安を和らげる薬も処方されましたが、根本的な解決にはつながりませんでした。
厚生労働省の調査によると、不登校の子どもの約20%が何らかの精神的な問題を抱えており、適切な支援がなければ長期化・深刻化するリスクが高いとされています(出典:厚生労働省「児童・思春期精神疾患の診療実態把握と連携推進のための研究」)。
このケースも、単なる不登校の問題を超えて、深刻な二次障害として現れていた典型例といえます。
感覚過敏と日常生活の困難
ASDの特性として、感覚過敏の症状も顕著でした。
最も困難だったのは、一人でお風呂に入ることができないことでした。
「入るのは別々なんだけど、私は洗面所にいる」という状態で、お母さんの存在なしには入浴できませんでした。
「怖い、寂しい」という理由でしたが、中学生という年齢を考えると、日常生活への影響は深刻でした。
外出時の「かんしゃく」も大きな問題で、特に車から降りられないという症状が頻繁に起こりました。
「気に入らないことがあると車から降りない」「家に帰ってきて車にずっといる」という状態で、以前は「2時間でも3時間でも車にいる」ような恐ろしい状況だったといいます。
家族全員の生活に支障をきたす深刻な問題で、「夜トイレ行くの怖い」と言われ、夜中のトイレも常に誰かの付き添いが必要でした。
また、お母さん自身もADHD傾向があったため、「多分気づかずに一旦停止を見逃してしまう」ことが重なり、免許取り消し寸前まで追い込まれました。
それをきっかけに車での送迎をやめざるを得なくなりましたが、お子さんにとっては「めんどくさい」と感じながらも、結果的には自立への一歩となりました。
発達障害のあるお子さんは、自分の特性を理由に諦めてしまうことがあります。
このお子さんも「発達障害だから」ということを「すごく言い訳にしていた」といいます。
「発達障害だからできないからしょうがない」「だから行かなくていいじゃん」「だからできない」。
診断を受けたことで、ある意味での安心感を得た一方で、それが努力を放棄する理由にもなってしまっていたのです。
従来の不登校対策がうまくいかなかった理由

試した対策とその結果
お母さんは様々な方法を試み、まずは不登校に関する本をたくさん読んだそうです。
「不登校だということを認めれば登校する」という本、「親と子のタイプ別」の対応を説いた本など、あらゆる情報を求めました。
しかし、そこに書かれていた内容は画一的で、「見守りましょう」「エネルギーがたまるまで待ちましょう」「あんまり刺激をしちゃいけない」「子どもの意思に任せて、子どもを尊重してあげましょう」など。
これらのアドバイスは、具体的な解決策を示していませんでした。
スクールカウンセラーにも相談しましたが、返ってきた答えは「やることは全部お母さんやってらっしゃいますね」という言葉だけ。
お母さんは当時の無力感をこう振り返ります。
「やってらっしゃいますねって言われても...って感じで。お話ししても解決するわけではなくて、なんとなく自分の気が軽くなるというか、追い詰められた感じがなくなるのかなっていうところですかね」。
カウンセリングは親の心理的負担を軽減する効果はあったものの、不登校の解決にはつながりませんでした。
行政の窓口にも相談に行きました。
市が運営するフリースクール的な施設を紹介され、実際に通わせようと努力しました。
お母さんは昼休みに仕事から帰って、無理やりお子さんを連れて行き、「一瞬でも行けば出席になるから」という理由で、必死に送迎を続けました。
施設の先生からは「卓球とかをやって自信がついて、また再登校できた子もいますよ」と励まされましたが、お子さんは「人に会いたくない、聞きたくない」と強く抵抗しました。
精神科の受診も複数回行い、最初は地元の病院、その後は車で1時間かかる大きな病院の思春期外来も受診しました。
親子別々でカウンセリングを受け、医師からは「ちょっとずつやってみようか」「何時間目だけ行ってみる」といった提案もありました。
しかし、お子さんは「1日通して行くなら朝から遅刻せずに1日行きたい」と、一部だけの登校を拒否しました。
学校の先生も積極的に関わってくれました。
「来れないなら電話をかけてきてくれたり」「じゃあ迎えに行くよ」と言ってくれることもありましたが、これらの対応も一時的な効果しかありませんでした。
お母さんも物で釣る方法を試しました。
「これをあげる、あれをあげる」と約束したり、朝起こすために「好きなキャラクターのカードを開けさせたり」しましたが、これも逆効果でした。
「不登校を認めれば登校する」の誤解
お母さんは本に書かれていた「不登校を認めれば登校する」というアドバイスも実践しました。
「学校に行かなくてもいいよ」「じゃあ行かなくてもいいんじゃない」と、お子さんに伝えたのです。
この方法は、多くの不登校関連の書籍で推奨されている対応でしたが、結果は真逆でした。
お母さんは振り返ります。
「それで良くなったか?良くなってないですよね。むしろそれでがっつり不登校になりました。むしろそれでもう完全不登校になっちゃった」。
不登校を認めることで、かえって学校に行かない状態が固定化してしまったのです。
後になって気づいたのは、この方法の真意でした。
「不登校を認めるんじゃなくて本人を認めるってことだよなって後から思うと」「ありのままの姿を受け止めましょうみたいな書き方だったから」。
つまり、不登校という行動を認めるのではなく、子ども自身の存在や気持ちを認めるということだったのかもしれません。
しかし、その解釈は難しく、具体的にどう行動すればよいのか分かりませんでした。
お母さんは「もっと具体的に教えてほしい」「解釈をすごい深く考えないといけない」と、情報の曖昧さに悩まされました。
「無理やり引っ張っていってたので、それが行けなかった原因なのかなって思って、無理やり行かせちゃダメなんだと思った時から、もうさみだれじゃなくて完全不登校になった」という経験は、多くの親御さんが陥る典型的なパターンでした。
文部科学省のガイドラインでも、不登校への対応は「個々の状況に応じた支援」が重要とされていますが、実際には画一的なアドバイスが多く、個別の状況に対応した具体的な方法論が不足しているのが現状です。
このケースも、一般論では解決できない典型例でした。
転機となった「スダチ」との出会い

YouTubeで見つけた希望
「解決策ってないんだなって思ってネットを調べてた時に、スダチの動画があって」。お母さんは、もう諦めかけていた時期にYouTubeで偶然見つけた動画について語ります。
それまで読んだ本やカウンセラーのアドバイスには、具体的な解決策が一切ありませんでした。
しかし、この動画は違いました。「解決するなんて書いてあるところ、他に一切なかったので」という言葉が、当時の切実な状況を物語っています。
3週間で解決という内容に、最初は半信半疑でした。しかし、動画を見続けるうちに「これが正解かも」という直感が働きました。
お母さんは「YouTubeをひたすら見て」と、すべての動画を視聴しました。
そこには、これまでとはまったく異なるアプローチが示されていました。
「世の中の『自由にさせてあげた方がいいよ』みたいなのは違うだろうとは思ってた」というお母さんの直感と一致する内容でした。
「厳しくしすぎて失敗した時もあるし、色々試してみてそれはそれで間違ってなっちゃう」という経験から、バランスの取れた対応の重要性を感じていたところに、具体的な方法論が示されていたのです。
動画の中で特に印象的だったのは、「甘やかしと愛情の違い」についての説明でした。
お母さんは「自分なりに考えてやってはみたんですけど、ポンとした答えが分からなくて」「正解が自分1人だと全くわからなくて」と、独力での限界を感じていました。
しかし、動画では具体的な事例とともに、明確な基準が示されていました。
また、デジタル機器の管理についても、これまでとは異なる視点が提供されていました。
多くの本では「子どもの意思を尊重して」とありましたが、動画では明確なルール設定の重要性が説かれていました。
これは、お母さんがずっと感じていた違和感を解消するものでした。
サポート開始前の準備
しかし、ご主人からは強い反対がありました。
「怪しいんじゃないか」「できないよ」と言われました。
特に、お母さん自身もADHD傾向があることから、「あなたにはできないよ」とまで言われてしまいました。
それでもお母さんは諦めませんでした。「今まで上がってるスダチさんの動画を見て、どうにかならないかと思って」と、ご主人を説得するために全動画を一緒に視聴しました。
8月後半、ついにサポートを申し込むことを決意しました。
「主人が何と言おうがやろうと思って」という強い決意がありました。
申し込み時、「発達障害があると時間がかかる可能性が高いですよ」と言われました。
お母さんは「結構長いスパンを覚悟してやってた」「3週間のつもりでいた」と、長期戦を想定していました。
しかし、サポーターからは予想外の提案がありました。
「今の感じだったら、ちょうどあと10日ぐらいで夏休みが明けるタイミングだったと思うんですよね。夏休み明けから登校のお願いをしてみましょうか」。
この提案に、お母さんは驚きました。
半年以上不登校で、小学5年生からさみだれ登校が続いていた子どもが、本当に夏休み明けから登校できるのか。
準備期間は約10日間。この間、お母さんは動画で学んだことを実践し始めました。
「デジタルを減らしたりとか、早く寝たりとか」「甘やかしと愛情の違いをこうすればいいのかな」と、自分なりに試行錯誤しました。
しかし、「これはどっちなの、あれはどっちなの」と迷うことも多く、やはり専門的なサポートが必要だと実感しました。
重要だったのは、両親の意識統一でした。サポート開始にあたり、夫婦で話し合い、方針を一致させました。
特に、デジタル機器のルール設定については、両親が同じ態度を取ることが不可欠でした。
「主人も一緒に同席してくれたのがすごく良かった」と、後にお母さんは振り返っています。
3日で再登校を実現した具体的な方法

デジタル機器のルール設定
夏休み終了の3日前、ついにルールの発表を行い、その内容はシンプルかつ明確でした。
「学校に行かなければデジタルなし」。このルールが、すべての転機となりました。
お母さんは当時の緊張をこう振り返ります。
「大騒ぎするかと思ったんですよね。今までの感じから行くと、それを言ったら絶対大騒ぎするぞと思ってドキドキしながら」。
サポーターから送られてきた文章をスマホで見ながら、一字一句間違えないように伝えようとしました。
途中でお子さんが「ママ、録ってるの?」と怒る場面もありましたが、「違う違う、ちょっと見てただけだよ」とごまかしながら、なんとか最後まで伝え切りました。
意外なことに、お子さんは「穏やかに」話を聞いてくれました。
「うわーっと騒ぎ出すってことはなく」「じゃあとりあえずルールはこうだね」と、一応は受け入れた様子でした。
しかし、「それまでは使うみたいな感じで」と、ルール開始までの数日間は従来通りデジタル機器を使い続けていました。
ルールがスタートしてから、本格的な攻防が始まりました。
お子さんは「散々色々こうだ、ああだって言ってきた」「交換条件を様々出してきて」と、あらゆる手段で交渉を試みました。
「お願い」と泣いたり、「こうだったらこうしてくれる?」と条件を提示したり、「1日学校行くからやらせて」と約束したり。
しかし、お母さんはサポーターのアドバイスに従い、一切の妥協をしませんでした。
サポーターからは毎日、具体的な対応方法がメールで送られてきました。
「大丈夫ですよ、それを聞いちゃったら前に進まないからダメですよ」「こう言われたらこうしてください」。
このきめ細かいサポートがあったからこそ、お母さんは揺らぐことなく対応できました。
「私1人だったら絶対『じゃあちょっといいよ』って言っちゃいそうだったところを、『ダメだよ』って言えた」と振り返ります。
3日間の攻防の末、お子さんはついに理解しました。
「お母さんはもうここは譲らないんだ」「本当にこれ、デジタルダメなんだ」「無理、行かなきゃ見れないんだ」。この覚悟が決まった瞬間、劇的な変化が起きました。
親の立場と態度の確立
この成功の鍵となったのは、親の立場と態度の確立でした。
特に重要だったのは、お父さんの同席と協力でした。
「主人も一緒に同席してくれたのがすごく良かった」「親の立場が取れてないのは私なので、主人じゃないので」と、お母さんはお父さんの存在の重要性を強調します。
両親が一致した態度を示すことで、お子さんは逃げ場がないことを理解しました。
以前は「ママを説得できるだろう」と思っていたお子さんも、お父さんも同じ立場であることを知り、諦めざるを得ませんでした。
サポーターからのアドバイスも、親の態度を支える重要な要素でした。
「こう言われたらこうしましょう、こう言われたらこうしましょう」という具体的な対応マニュアルが、「ものすごく具体的に」提供されました。
これにより、お母さんは迷うことなく一貫した対応を取ることができました。特に難しかったのは、お子さんの感情的な訴えへの対応でした。
「泣いたり喚いたり」する姿を見て、心が揺らぐこともありました。
しかし、サポーターは「それはいいです、こうしましょう」「違う方向になっていることもその場合はこうした方が良いです」と、励ましながら具体的な指示を出してくれました。
また、お母さん自身のメンタルケアも重要でした。
サポーターは「無理をしないでくださいね」と気遣い、「上手くいった時は褒めてくださった」ことで、お母さんのモチベーションも維持できました。
「私自身のモチベーションも上がるように褒めてくださった」「大人は褒められることってないじゃないですか」という言葉に、親への支援の重要性が表れています。
この期間、お母さんは「甘やかしが抜けない私に何度もしっかりと伝えてくださり」と、自身の弱さとも向き合いました。
物で釣ったり、つい甘やかしたりしてしまう癖を、サポーターの指摘により改善していきました。
3日目の劇的な変化
ルール開始から3日目の朝、奇跡的な変化が起きました。
お母さんが何気なく「ジャージそこに入ってるよ」と声をかけた時のことです。
お子さんは突然「バッて立ち上がって、ちょっと怒った感じでガサガサと教科書をボンみたいな感じで鞄に詰め出した」のです。
お母さんは驚きと感動を隠せませんでした。
「えーと思って」「今まで学校の支度とかも割とちゃんとしてこなかった」お子さんが、初めて自分で登校準備を始めたのです。
これまでは「ママがしないよみたいな」状態で、親が支度をして「引きずり出していた」のが、自発的に動き始めました。
「今までこんなことしなかったよな」という実感とともに、お母さんは深い反省の念も抱きました。
「本当にやってしまってた私が悪かったんだな」「ものすごくこの子は素直だったんだな」「親が変われば子が変わるんだな」。これらの気づきが、今後の子育ての大きな転換点となりました。
登校初日は、終業式の3日前でした。
半年以上学校に行っていなかった子どもが、突然学校に現れたことで、先生も驚きました。
しかし、お子さんは「1日通して行くなら朝から遅刻せずに1日行きたい」という自分なりのプライドを持って登校しました。
驚くべきことに、この日から現在まで1年5ヶ月間、「長期休み以外、1日も学校を休んでいない」という継続登校を実現しています。
「あんだけ休んでたのに」という信じられない変化でした。
再登校後1年5ヶ月の継続登校の秘訣

生活リズムの改善
最も大きな変化は、生活リズムの完全な正常化でした。
以前は深夜3〜4時まで起きていて夕方に起床という昼夜逆転の生活でしたが、現在は自然に朝起きて夜寝る規則正しい生活を送っています。
特筆すべきは、薬に頼らない自然な睡眠リズムの確立です。
「薬に頼らず朝起きることができ、学校はもちろん土日の部活にも行くことができるようになりました」と、お母さんは喜びを語ります。
起立性調節障害の診断を受けていたにもかかわらず、生活習慣の改善だけでここまで回復したことは、多くの同じ悩みを持つ親御さんに希望を与える事例です。
VTuberの深夜配信への執着も完全になくなりました。
以前は「どうしても見るんだ」と言って「意地を張って大喧嘩」することもありましたが、現在はデジタル機器との健全な付き合い方ができています。
「体調不良で休んだらデジタルは無しになるの?」という質問に対して、「体を休めなきゃいけないからゲームしてたらおかしいよね」と、お子さん自身が理解を示すようになりました。
この理解は、単なるルールの押し付けではなく、お子さん自身の成長を表しています。
「風邪も引きたくない」という気持ちから、健康管理にも気を配るようになりました。
これは「学校に行かずに休んで治療に専念しないといけないのにゲームしてたらおかしいよね」という、当たり前の論理を理解できるようになった証拠です。
日本睡眠学会のデータによると、中学生の適切な睡眠時間は8〜10時間とされていますが、不登校の子どもの多くが睡眠リズムの乱れを抱えています。
このケースでは、デジタル機器の適切な管理により、理想的な睡眠リズムを取り戻すことができました。
これは、起立性調節障害の改善にも大きく寄与したと考えられます。
サポート開始前は「そう夜早く寝よう早く寝よう」と努力していたものの、なかなか改善できませんでした。
しかし、明確なルールとその徹底により、「だんだんだんだん、多分徐々に徐々に」改善していき、現在の安定した生活リズムに至っています。
学習面の改善と工夫
学習面での変化は、親御さんも驚くほど劇的でした。
中学1年生の時は「宿題全然やってなかった」「ほぼほぼ空欄で、やってないけど行きます」という状態でした。
しかし、2年生になってからは「毎日やってます」という状態に変わりました。
この変化の鍵は、親の関わり方の変化でした。
お母さんは「やれやれ言わなくした」「宿題やってても『もう寝る時間だよ、もう寝るよ』は言うようにして」と、宿題を強制するのではなく、生活リズムを優先する方針に転換しました。
「できなくても学校行きな」というシフトが、逆に自主性を生み出しました。
特に印象的なのは、自主勉強への取り組みです。
「毎日1ページ、1ページ半ぐらいの自主勉強をしてきましょう」という宿題に対して、1年生の時は全く取り組めませんでしたが、2年生になってから「絶対やるんだ」と決めて、毎日欠かさず取り組んでいます。
学校の先生が「別に毎日じゃなくてもいいよ」と配慮してくれているにもかかわらず、自ら毎日やることを選択しています。
学習の遅れについても、着実に改善しています。
「やっと1科目平均点が取れた」と喜ぶ姿に、確実な成長が見られます。
友達からテストの点数を聞かれることは今でも恥ずかしいようですが、「割とごまかして答えてる」という対処法を身につけ、以前のように逃げることはなくなりました。
お母さんは振り返ります。
「今までは『これができない、できないと学校行けない』とこっちも思って手伝っていた」。
しかし、その支援が逆に自立を妨げていたことに気づきました。
「半年後にやるようになった」という結果は、子どもの力を信じて待つことの重要性を示しています。
高校受験に対する意識も大きく変わりました。
不登校の時は「勉強もうしたくないから高校なんて行かない」と言っていましたが、現在は「高校行かないとお給料低くなっちゃうんでしょ」と、将来を見据えた発言をするようになりました。
志望校も具体的に考え始め、「仲のいい子と一緒の高校に行けるように頑張ったら」という親の提案に対して、現実的に自分の学力を考えながら対応しています。
自己管理能力の向上
ASDの特性である時間管理の苦手さに対しては、具体的なツールを活用することで対応しました。
「カレンダーに毎日バツ印をつける」ことで日付を把握し、「タイマーを仕掛ける」「Alexaに聞く」といった方法で時間を管理しています。
特に効果的だったのは、聴覚優位の特性を活かした工夫でした。
「目で見るのが苦手なもんで、耳で聞くと頭に入る」という特性を理解し、Alexaによる音声での時間確認を活用しています。
これにより、「時間も分からなくなる」という問題が大幅に改善されました。
感覚過敏の症状も著しく改善しました。
以前は一人でお風呂に入れず、お母さんが洗面所で待機する必要がありましたが、現在は「普通に大声で歌を歌って」入浴できるようになりました。
「だんだんだんだん」と改善していき、恐怖心が薄れていったといいます。
車から降りられない「かんしゃく」も、ほぼ解消されました。
「2週間前にちょっとあった」程度で、しかも「前は2時間でも3時間でも車にいる」状態だったのが、「3分ぐらいで降りてきました」という短時間で収まるようになりました。
自傷行為については、「サポート開始後は一切ない」という完全な改善を見せています。
「壁に頭を打ち付ける」「シャープペンで手首に傷をつける」といった深刻な行動が、完全になくなりました。
これは、自己肯定感の向上と、適切な親子関係の構築による成果と考えられます。
社会性の面でも大きな成長が見られます。
「友達なんていなければこんなに気にしなくてよかったのに」と言っていたお子さんが、現在は友達との関係を大切にし、適度な距離感を保ちながら付き合えるようになりました。
「言われたことを頑張れることは頑張るし、頑張れないことはごまかす」という、現実的な対処法を身につけています。
最も印象的な変化は、思考パターンの転換です。
「何かあったらもうダメなんだって思わないで、どうにかしようかなっていう風に思考が変わった」。
これは、単なる登校の再開を超えて、人生に対する姿勢そのものが変化したことを示しています。
不登校で悩む親御さんへのメッセージ
お母さんの今回の実体験を通じて、同じような状況で悩んでいる親御さんに向けたアドバイスをお聞きしました。
まとめ|子どもが自立して生きていくために
1年5ヶ月前、半年間の完全不登校、起立性調節障害、ASD、自傷行為、昼夜逆転、感覚過敏...あらゆる困難を抱えていた中学生の女の子。
現在は毎日元気に登校し、部活動にも参加し、友達と普通に会話し、高校進学という将来の目標に向かって勉強に取り組んでいます。
お母さんは最後にこう語りました。
「親が変われば子が変わるんだなっていうのをすごく実感していて」「彼女の人生はこれで変わりましたよね」「コンプレックスが0になるわけじゃないけど、発達障害があってもきちんと考えて生きていけるんだなって」。
この事例が示す最も重要なメッセージは、どんなに深刻な状況でも、適切な対応により必ず道は開けるということです。発達障害があっても、起立性調節障害があっても、自傷行為があっても、適切な環境調整と一貫した対応により、子どもは必ず変わります。
【成功の鍵をまとめ】
- 明確なルール設定:「学校に行かなければデジタルなし」というシンプルで明確なルール
- 両親の一致した対応:父親の協力と両親の一貫した態度
- 具体的なサポート:日々の具体的なアドバイスとセリフ集
- 甘やかしではない愛情:毅然とした態度と適切な褒め方
- 生活リズムの正常化:デジタル制限による睡眠の改善
文部科学省のデータによると、不登校児童生徒数は過去最多を更新し続けており、この問題は決して他人事ではありません。しかし、同時に、適切な支援により改善するケースも増えています。重要なのは、「見守る」「待つ」という受動的な対応ではなく、積極的で具体的な介入です。
不登校で悩んでいる親御さんへ。「自分にできるんだろうか」という不安は誰もが持っています。このお母さんも「主人にできないよって言われた」「怪しいんじゃないか」という状況から始まりました。それでも一歩踏み出したことで、お子さんの人生を大きく変えることができました。
「できなさそうだから諦めようかなって思ってる人は、やっていいと思います」というお母さんのメッセージは、今まさに悩んでいる親御さんへの強いエールです。挑戦しなければ、何も変わりません。しかし、適切な方法で挑戦すれば、必ず道は開けます。
最後に、お母さんの感動的な言葉を紹介します。「こんな経験、人生でもないなっていうぐらい嬉しい気持ち」「本当に感謝でいっぱいです」。この喜びは、お子さんが単に学校に行けるようになったからではありません。お子さんが自分の足で歩き、自分で考え、自分の人生を生きていける力を身につけたからです。
お子さんの未来のために、今できることから始めてみませんか。一歩踏み出す勇気が、お子さんの人生を大きく変える可能性を秘めています。



